くも膜下出血を予防するために
脳内の血管に発生した動脈瘤が破裂することでくも膜下出血は発症します。
この動脈瘤は神経が通っておらず、感覚がないために発生しても本人は気づくことができません。まだCTスキャンだけで体内の検査をしていた頃は、破裂するために動脈瘤を発見することは至難の業でした。しかし現在はMRIによって比較的容易に発見できるようになっています。「未破裂動脈瘤」とはまだ破裂する前の動脈瘤のことで、この未破裂脳動脈瘤を確認し、適切に処置することがくも膜下出血の発症を未然に防ぐ方法としては最も効果的だということができます。
未破裂脳動脈瘤とは何か
未破裂脳動脈瘤のほとんどは定期健康診断の一環として行われる人間ドック(脳ドック)や頭痛などが起こったことで受けるMRIによって発見されます。
脳動脈瘤の中でも大きい割合を占める嚢状動脈瘤(のうじょうどうみゃくりゅう)がどのようにして発生するかはまだはっきりと特定されていませんが、先天的な要因である中膜欠損に過度に負荷が加わることで動脈が膨らんでいくのではないかという仮説が立てられています。過度な負荷が発生の大きな要因であることは、動脈瘤が動脈の分岐部に多く発生することから推測ができます。動脈が分岐している箇所は負荷がかかるからです。事実、動脈瘤が発生しやすい部位(好発部位)は中大脳動脈分岐部、内頚動脈後交通動脈分岐部、前交通動脈、といった分岐部で、そのためMRIによる検査を行うときにはこれらの箇所を重点的にチェックします。
未破裂脳動脈瘤は先述したように無症候性のため、自覚症状がありません。しかしサイズが大きくて血栓化した未破裂脳動脈瘤ではそれによって脳梗塞を引き起こすこともあれば、脳細胞を圧迫することで視野障害などの神経症状、手足の痺れや麻痺、構音障害・失語症、食べ物を飲み込めなくなる嚥下障害が起こることもあります。このような症状が出た場合には未破裂脳動脈瘤だけでなく脳梗塞や脳出血を疑うことができるため、すぐにでも医師による治療や精密検査を受ける必要があるということができます。
未破裂脳動脈瘤の治療
未破裂脳動脈瘤の治療は、いずれ発生する動脈瘤の破裂を防ぐことでくも膜下出血の発症を未然に防止することを目的としています。そのため破れる可能性のある動脈瘤を発見することができたなら、すぐにでも治療をした方が良いということになります。
しかし、実は未破裂脳動脈瘤の全てに破れる危険性があるというわけではありません。実際にいくつもの種類のある未破裂脳動脈瘤、その全ての出血率(破れる割合)の平均は年間3%未満だといいます。ただしこれはあくまで平均であり、破れやすいものもあれば破れにくいものもあります。
発見された未破裂脳動脈瘤の破れる危険性が高いかどうかの判断材料としては、その動脈瘤の「サイズ」と「発生した箇所」が挙げられます。サイズは大きければ大きいほど破裂の危険性は高まりますが、それよりも重要なのが発生した箇所です。動脈瘤のサイズ自体が同じでも太い血管にできたものと細い血管にできたものとでは後者の方が危険性はより増すことになります。これは風船を例に取るとわかりやすいでしょう。ゴム生地の分厚い風船と薄い風船、それらを同じ大きさに膨らませた場合、薄い風船の方がより膨らんでいるためより割れやすくなります。
他に未破裂脳動脈瘤の形状によっても破れる危険性があるかを判断することができます。丸い形をしたものよりも、デコボコしていたり一部が窪んでいたりするようないびつな形をしたものの方がより破れやすいというデータがあります。いびつであるということは厚さに違いがあり、破れそうな箇所がある可能性が高まるからです。
その他の危険因子
未破裂脳動脈瘤以外にくも膜下出血を発症する危険因子として注意しなければいけないのが高血圧で、それは日々の生活習慣に原因を求めることができます。
食生活
塩分が多い食生活をしていると血圧は高くなりがちです。そのため食事の塩分をコントロールすることで血圧もある程度コントロールできるようになります。今は市販の食材ならほとんどのものに栄養成分が表示されているので塩分を容易に把握することができますし、減塩仕様の加工食品や調味料も多く出回っています。そういったものを活用して塩分を摂り過ぎないように注意しましょう。
喫煙
普段から煙草を吸っているという人は、くも膜下出血を発症する可能性が非喫煙者に比べておよそ3倍高くなることがわかっています。これは煙草に含まれるニコチンが血液をドロドロにし、血圧を上げるはたらきをするためです。それなら本数を減らしていこう……そう思った喫煙者の方もいるかもしれませんが、実は喫煙の本数は重要ではありません。煙草を一日に20本吸う人と5本吸う人の発症率に大きな違いはないという報告があります。そのためくも膜下出血の予防を目的とするなら、完全に禁煙するしかありません。
過度の疲労やストレス、不規則な生活
仕事に忙殺されている人ほど疲労やストレスを貯め込んだり、寝不足だったりします。それらはどれも血圧が上がることにつながります。なかなか実現は難しいかもしれませんが、理想は早寝早起きです。
くも膜下出血の治療
くも膜下出血の治療は2つのタイプがあります。
1つ目が外科的手術で頭を開いて直接的にアプローチする「開頭術」です。頭を開くと聞くと非常に大掛かりなものに思えますが、今では無剃毛(髪の毛を剃らない)で行うこともでき、美容的にも抵抗なく受け入れられるようになっています。開頭術は脳血管バイパス術を同時に行うことで、巨大な動脈瘤も以前よりもずっと安全に対処することが可能となります。
2つ目は「コイリング」というカテーテルを用いた方法です。この最大の特徴は開頭をしなくてもよいという点にありますが、動脈瘤のサイズが大きい場合には適さない方法となります。どちらの治療法も特徴や長所・短所があるため、患者の状態に合わせて効果的に使い分けることが必要です。
未破裂脳動脈瘤を見つけられたからといって、必ずしもその全てをただちに治療しなければいけないわけではありません。破裂する危険性が高いものであれば迅速な治療が必要となりますが、そうでないものなら経過観察をすることもあります。それはどれだけ細心の注意を払っても動脈瘤の治療が100%安全ではないからです。
事実、未破裂脳動脈瘤の手術には手足の痺れや麻痺、言語障害といった障害・後遺症が出る確率が数%あり、それはどれだけの名医・環境の整った施設でも0にすることはできません。そのため医師に必要とされることはひとつひとつの未破裂脳動脈瘤に破裂の危険性があるかどうかをしっかりと見極め、患者とよく話し合ったうえで治療をするのか経過観察にするのかを決めていくことになります。
くも膜下出血の予防において大切なこと
くも膜下出血は発症と同時に死亡することもあるおそろしい疾病です。しかし中には頭痛や吐き気といった前兆と呼べるような症状が先に出ることがあります。このときにすぐに病院に行き、医師による治療を受けることができれば本格的な発症を未然に防ぐことができたり、症状を軽いものに抑えることが可能となります。
しかし実際は頭痛や吐き気といった前兆が起こっても、多くの人が重要視することなくそのままにしてしまいます。そして発症して取り返しのつかない事態に陥るのです。 そのため少しでも異変を感じたらすぐに病院に行く、もしくは119番するようにしてください。くも膜下出血に限らず、脳卒中は一分一秒でも早い治療が何より重要となります。