脳出血は部位ごとの治療が必要
脳内の血管に過度の負担がかかると破れ、そこから出血が起こります。そして血腫(血の塊)が脳細胞を圧迫することで起こるのが「脳出血」です。この脳出血は発症する部位が様々で、起こる症状も部位ごとに異なります。そして部位とその症状ごとに治療法も異なってくるのです。
脳出血の大半は高血圧を原因として発症しますが、それが原因だと判明した場合には血腫の圧迫やその周辺組織のむくみ・腫れによって頭蓋内の圧力が上がることや、血腫周辺がさらなるダメージを受けることを阻止する治療をする必要があります。
具体的な手段としては降圧剤(血圧をコントロールする薬)や、出血による脳のむくみを解消するための抗浮腫薬を用います。
出血によってできた血腫のサイズが大きく、且つ外科的手術を行える部位に発症した場合には、手術によって血腫を取り除きます。
血腫のサイズが小さく患者の意識も明瞭な場合などには手術は行わず、内科的治療をメインとして治療を進めていきます。また血腫のサイズが大きすぎて患者が深い昏睡状態に陥っているときも危険なため手術を行うことはできません。
また発熱、痙攣、消化管出血、高血糖という症状が見られる場合にはそのための治療を行います。
部位ごとの特徴
視床出血
間脳(大脳半球と中脳の間)の左右に対になっているのが「視床」という部位で、触覚や痛覚など様々な感覚を担当しています。脳出血全体に占める30%がこの視床からの出血です。視床からの出血が起こると、激しい痛みが半身を襲うことがあったり、感覚が鈍くなる感覚障害になったりします。また眼球が常に下向きになることもあります。
被殻出血
大脳の中央部に左右1対ずつ位置しているのが「被殻」という部位です。記憶や学習という機能や、身体を動かすために必要な筋肉の調節などを担当しています。脳出血全体に占める40%から50%が被殻からの出血で、最も多い原因となります。症状としては、半身の痺れや突発的な頭痛、感覚が鈍くなる感覚障害、伝えたいことがあるのにそのためにどの言葉を選べばいいかわからなくなったり、相手の言葉が聞こえてはいるのに意味が理解できなくなる失語症・構音障害が出ます。
小脳出血
「小脳」とは脳幹の後方に位置している部位で、知覚や運動機能、平衡感覚といった基本的な動作をするために必要な機能を担当しています。脳出血全体に占める10%が小脳から出血です。突発的な頭痛や眩暈、歩行や階段の上り下りなどが困難になる運動障害という症状が出ます。また血腫のサイズによっては周囲にある脳幹を圧迫することで死の危険性のある状態になることもあります。
皮質下出血
脳半球を覆っている層を「大脳皮質」と呼び、その大脳皮質の下で起こった出血を「皮質下出血」といいます。脳出血全体に占める10%から20%がこの皮質下出血です。大脳皮質の中でも出血が多い部位としては頭頂葉、前頭葉、側頭葉を挙げることができ、症状としては顔や手足の痙攣に片麻痺、伝えたいことがあるのにそのためにどの言葉を選べばいいかわからなくなったり、相手の言葉が聞こえてはいるのに意味が理解できなくなる失語症・構音障害、視界の半分が見えなくなる視界の欠損といった症状が出ます。
内科的治療
脳出血の急性期(発症直後から2週間くらいまで)は外科的手術の有無に関わらず、降圧薬による血圧のコントロールを行うことが基本となります。脳出血急性期に血圧を下げるのは血腫の増大や再出血を予防するという目的があるからです。最近の研究からは機能予後やQOL(後述)を改善させる効果が期待できることから、収縮期血圧140mmHg未満を目標とした迅速で積極的な降圧が推奨されています。
脳出血急性期には迅速に血圧を下げる必要がありますが、点滴の降圧薬の持続投与を行うケースが多いです。日本では最近まで脳出血に使用することができなかったある点滴による降圧薬の安全性が評価され、使用できるケースが拡大されました。また、大きな脳出血では脳がむくみ(脳浮腫)により頭蓋骨内の圧(頭蓋内圧)が高まり、正常な脳組織を圧迫することで命に危険につながることもあるため、脳浮腫を改善させる薬を使用する場合もあります。
QOL(クオリティ・オブ・ライフ)とは
QOL(quality of life)という言葉をここのところ色々な分野・シーンで見かけるようになりました。
これは直訳すると「生活の質」という意味で、例えば普段の暮らしの中なら「物質面にとらわれ過ぎず、心や精神の充足を大切にする」ということになります。「ライフ・ワーク・バランス」ともつながりますが、真の幸福とは何かを考え直そうという動きです。
医療・福祉の現場においては「その患者にとっての本当の幸せとは何か?」「その患者らしさとは何か?」と患者やそのご家族そして医療スタッフ全員が考え、「生活の質を高める」ことを目指すということになります。
「生活の質を高める」と聞くと何か難しそうに思えるかもしれません。これをもっとシンプルな言葉に置き換えると「障害のある身体でも自分らしく、活き活きと生活する」ということになります。
脳出血は後遺症が出やすく、中には歩行が困難になったり、言葉が不自由になったりします。その後遺症の症状や程度は様々ですが共通しているのは以前と同じような暮らしを送るのは難しいということです。そのためそういった後遺症のある患者が「自分らしく」「活き活き」と生活できるようになるまでは長くハードなリハビリが必要となりますし、そういったリハビリをしても思うような成果が出ない人もいます。
ではどのようにしてQOLを実現すればいいでしょうか?
脳出血を発症してから数年以上が経過した患者には、活き活きとしていつも笑顔を浮かべながら毎日を送っている人がいます。趣味である映画や音楽鑑賞に定期的に出かける方、一週間を超す海外旅行をする方、職場に復帰して精力的に働いている方。この人たちは生活の中に楽しみや喜びを見つけやすいでしょう。
しかし毎日を活き活きと過ごしているのは、こういった人たちだけではありません。ハードなリハビリを毎日続けて達成感を覚えている方、一日の大半をベッドで過ごしているけれど穏やかに読書をしている方……脳出血は発症する部位によってその症状は様々ですし、例え同じ部位に発症したとしてもそのあとどれだけ回復するか、どのような後遺症が残るかはひとりひとり異なります。そしてどの状態をもって「幸福」とするかも、患者ひとりひとり異なるのです。
ある人はリハビリをしたものの足の不自由さが残りました、けれどリハビリ生活の中で家族とのつながりを再確認することができ、脳出血を発症する前以上に家族の絆が強まった実感があります。これもまた「幸福」の1つだということができるでしょう。
大切なのは周囲の人間とくに医療側の人間が「こうするのが良いんだ」と決めつけず、患者ひとりひとりの状態や希望、ご家族との関係を見つめることです。そしてどういった状態まで回復したいのかをきちんと話し、それに向けた治療内容・治療スケジュールを考えることなのです。